昔の田んぼと小川の知恵
なぜ生きものが多かったのか
昔の田んぼや小川には、ドジョウやメダカ、タガメやゲンゴロウ、トノサマガエルやアカガエル、そしてそれを狙うサギやタマシギまで、たくさんの生きものがいました。あれは、ただ「昔だったから」ではありません。田んぼと水路と山と川が、ぜんぶ水でつながって、ひとつの大きな生きた仕組みになっていたからです。その仕組みを、順を追ってお話しします。
水が、生きものの通り道だった
昔の水路は土を掘っただけの素掘りで、田んぼと水路のあいだに高い壁がありませんでした。だから雨で水かさが増すと、ドジョウやフナ、メダカが、水路から田んぼの中へすいすい入ってこられた。田んぼは浅くて、水がぬるくて、餌になる小さな虫がたくさんいる。生きものにとっては、子どもを産んで育てるのに、これ以上ない揺りかごだったのです。トノサマガエルも田んぼで卵を産み、おたまじゃくしが育って、大きくなったら畦に上がっていく。みんな田んぼと水路を行ったり来たりして、一生を送っていました。水路はただの溝ではなく、生きものの通り道であり、隠れ家であり、産屋でもあったわけです。

田んぼの水は、生きものたちが肥やしを作っていた
それから、これが大事なところですが、昔の田んぼは、生きものたち自身が稲の養分を作っていました。
水の中には、目に見えないほど小さな藻のなかま(藍藻といいます)がいて、これが空気の中の養分を取り込んで、田んぼに自然の肥やしを溶かし込んでくれる。アゾラという小さな浮き草も、同じように肥やしを作ってくれる。イトミミズやタニシ、虫たちは、枯れ草や泥をせっせと食べて細かくし、ふんをして、それが稲の栄養になる。イトミミズが泥をかき回すと、表面がやわらかいトロトロの層になって、雑草の種を埋めて生えにくくしてくれる。つまり、肥やしをまかなくても、虫や藻や微生物が、せっせと土と水を肥やしてくれていた。山から流れてくる水も、森の養分を溶かして運んできてくれる。田んぼは、外から肥やしを買わなくても、生きものと山の水だけで稲が育つ、よくできた仕組みだったのです。
水を張ったり抜いたりが、土を休ませていた
あのおじいさんは、「土がつかれる」という言い方をなさいました。これは本当に的を射た言葉です。
畑だと、同じ作物を毎年作りつづけると、だんだん土がつかれてきて、うまく育たなくなる。土に悪い菌がたまり、決まった養分ばかり吸い取られ、作物自身の出す毒のようなものも溜まっていく。土が、くたびれてしまうのです。
ところが田んぼは、毎年、水を張って、秋には抜く。この水の入れ替えが、つかれた土を休ませ、洗い清めてくれる。水を張ると、土の中の悪い菌が生きられなくなって、毎年きれいにやり直しがきく。流れる水が、溜まった毒を洗い流してくれる。だから田んぼの土は、何百年作りつづけてもつかれない。畑は土がつかれるけれど、田んぼは水が土を休ませるから、つかれない──おじいさんの「土がつかれる」というひとことは、まさにこの畑と田んぼの違いを、ずばりと言い当てておられるのです。
山の棚田が、痩せた土でも稲を実らせるわけ
このことが、いちばんよく分かるのが、山あいの棚田です。
あの急な斜面に段々に作られた、わずかな土しかない棚田で、どうして稲が穫れるのか。それは、山の清らかな水が、森の養分を溶かして、絶えず流れ込んでくるからです。いちばん上の田んぼから、下の田んぼへと、水が一段ずつ流れ落ちながら、養分を順ぐりに配っていく。山が田んぼを養い、水が肥やしを運び、藍藻が養分を作り、水の入れ替えが土を休ませる。土が薄く痩せていても、森と水と生きものが力を合わせて、稲を実らせている。棚田は、この回る仕組みが、いちばんきれいな形で生きている場所なのです。だからこそ、人が石を積み、水路を引いて、その水を段々に巡らせる手間を惜しまずに、何百年も守ってきたのですね。
つまり、ぜんぶがつながって回っていた
まとめると、昔の田んぼと小川は──山の水が養分を運び、藍藻やアゾラが肥やしを作り、イトミミズやタニシが土を肥やし、水路がドジョウやカエルの通り道になり、水の入れ替えが土を休ませていた。森と水と田んぼと生きものが、ぜんぶ手をつないで、ぐるぐると回っていた。だから生きものが多く、肥やしをそんなにまかなくても稲が育ち、田んぼの土がいつまでもつかれなかったのです。

いまの田んぼは、なぜ生きものが減ったのか
ところが、田んぼを「効率よく」作りかえる工事で、この仕組みがあちこち断ち切られてしまいました。
水路がコンクリートのU字溝になって、つるつるの高い壁ができた。すると、おじいさんがおっしゃった通り、カエルもドジョウも、壁を登れずに田んぼへ入れなくなった。水路に落ちたら、もう這い上がれずに流されるか、干上がってしまう。生きものの通り道だった水路が、出られない落とし穴に変わってしまったのです。田んぼと水路が切り離されて、生きものが行き来できなくなり、子どもを産み育てる場所を失っていきました。
そのうえ、雑草を枯らす薬(除草剤)が、雑草だけでなく、肥やしを作ってくれていた藍藻や水草まで弱らせた。虫を殺す薬が、田んぼの小さな生きものを減らした。すると、生きものが肥やしを作ってくれなくなるから、そのぶんを工場で作った肥料で補うようになる。生きものに養分を作ってもらう必要がなくなったので、生きものが減っても、稲は化学肥料で穫れてしまう。だから、田んぼがすっかり寂しくなっても、お米だけは穫れるので、失われたものが目に見えにくくなってしまったのです。タガメやゲンゴロウ、メダカやタマシギ、青い花を咲かせるミズアオイ──昔はあたりまえにいた生きものが、いつのまにか、めったに見られないものになってしまいました。
昔の田んぼが寂しくなったわけ
こうして、いまの田んぼは、お米を穫る効率はぐんと上がりました。草取りの手間も、見回りの苦労も減りました。それは確かにありがたいことです。けれども、その代わりに──山と水と田んぼと生きものを結んでいた、ぐるぐる回る仕組みのほうが、静かにほどけてしまった。
おじいさんが「昔の田んぼのほうが生きものがおった」「水田は土がつかれん」とおっしゃるのは、気のせいでも、昔をなつかしむ気持ちのせいでもありません。実際に、生きものが暮らし、生きものが田んぼを肥やし、水が土を休ませていた、あの回る仕組みが、まだちゃんと生きていたからです。おじいさんは、その仕組みが回っていた時代を、その目で見て、その手で触れて、覚えていらっしゃる。それは本や学問よりも確かな、この土地の生きた記録なのだと思います。

日本固有種のリスト
北関東の山間から関東平野にかけて、かつての田んぼ・小川・里山でごく普通に見られた生きものを、種類ごとに分けてリストにします。今はレッドリストに載ってしまったものも多く含まれますが、おじいさんの世代が現役だった頃には、まさに「あたりまえ」にいた顔ぶれです。なお、関東の在来生物相を念頭に挙げますが、地域や標高で多少の出入りはあります。
魚のなかま
ドジョウ、ホトケドジョウ(きれいな湧き水や山際の細流に多い)、メダカ(ミナミメダカ)、タモロコ、モツゴ(クチボソ)、ホンモロコ、フナ(ギンブナ・キンブナ)、コイ、ナマズ、ギバチ(山間の清流の在来ナマズのなかま)、ヤマメ・イワナ(山間の冷たい渓流)、カジカ(同じく清流の底)、ウグイ、オイカワ、アブラハヤ、タナゴのなかま(関東ではヤリタナゴ、産卵に二枚貝を使う)。
両生類(カエル・サンショウウオ・イモリ)
トノサマガエル、トウキョウダルマガエル(関東平野部のダルマガエル)、ニホンアカガエル、ヤマアカガエル(山際)、ツチガエル、シュレーゲルアオガエル、モリアオガエル(樹上に泡の卵塊を産む)、ニホンアマガエル、アズマヒキガエル。サンショウウオ類ではトウキョウサンショウウオ(丘陵・里山の象徴的な種)、ハコネサンショウウオ(渓流)。そしてアカハライモリ。
爬虫類
ニホンイシガメ(在来のカメ、清流や田の周り)、クサガメ、ニホンスッポン、ニホンカナヘビ、ニホントカゲ、シマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシ(田の蛙を追う)、ジムグリ。
水生昆虫
タガメ、タイコウチ、ミズカマキリ、コオイムシ(雄が背に卵を負う)、ゲンゴロウ(ナミゲンゴロウ)、クロゲンゴロウ、ガムシ、ミズスマシ、マツモムシ。トンボ類は特に豊かで、ギンヤンマ、オニヤンマ、ショウジョウトンボ、シオカラトンボ、ノシメトンボ・アキアカネ(秋に群れる赤とんぼ)、ハグロトンボ(清流の縁を黒い翅でひらひら舞う)、そして湿地のハッチョウトンボ(日本最小のトンボ)。源流域にはホタル――ゲンジボタル(清流)、ヘイケボタル(田んぼや水路)。
貝・甲殻類・その他の水辺の小動物
マルタニシ、ヒメタニシ、カワニナ(ホタルの幼虫の餌)、ドブガイ・イシガイなどの二枚貝(タナゴの産卵床)、カワシンジュガイ(冷たい清流)。サワガニ(山際の清流の石の下)、スジエビ、ヌマエビのなかま。そしてイトミミズ、ヒル、プラナリア(きれいな水の指標)。
鳥のなかま
タマシギ(雌雄の役割が逆転する、田の鳥)、ヒクイナ(「水鶏たたく」と詠まれた赤い水鳥)、バン、カイツブリ、タシギ、ケリ、コチドリ。サギ類はアオサギ、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、ゴイサギ、そして夏のアマサギ。ほかにカワセミ(小川の宝石)、セグロセキレイ(在来のセキレイ)、そして軒先のツバメ――先生のクリニックにも巣をかけるあの鳥です。猛禽ではサシバ(里山の谷津田で蛙や蛇を狩る、里山の象徴的なタカ)、ノスリ。
哺乳類
ニホンノウサギ、ホンドタヌキ、ホンドギツネ、ホンドイタチ、ニホンアナグマ、ニホンリス、ムササビ(里山の樹上)、カヤネズミ(田の畦や草地に小さな球の巣を編む)、ニホンモグラ。コウモリではアブラコウモリ(人家まわり)。
草花(田・畦・小川の縁の植物)
ミズアオイ(青紫の花、いまや絶滅危惧の象徴)、コナギ、オモダカ、ヘラオモダカ、ウリカワ、ミズオオバコ、デンジソウ(田の四つ葉のシダ)、ナガバオモダカ。畦や湿地ではサワギキョウ、ミソハギ(盆花)、サギソウ(白鷺の姿の花)、トキソウ、カキツバタ、ノハナショウブ、ヒメシロネ。春の畦にはレンゲ(緑肥として播かれ、田を養った)、セリ、タガラシ。水面にはアサザ、ヒルムシロ、そして窒素を作る浮き草アゾラ(オオアカウキクサ)。
こうして並べてみると、ひとつの田んぼと小川が、いかに多くの命を抱えていたかが見えてきます。タナゴが二枚貝に卵を産み、その貝がきれいな水で育ち、ホタルの幼虫がカワニナを食べ、サシバが谷津田の蛙や蛇を狩り、タマシギが草の茂る田の縁に巣を構える――一つひとつが、水と土と他の生きものに支えられて、はじめて成り立っていた。この顔ぶれがまるごと「ふつう」だったということ自体が、あの循環がいかに豊かに回っていたかの証なのだと思います。

