人生の仕上げの時期に、医療について、知っておいていただきたいこと

患者さんとご家族へ


はじめに

この文は、これから先のことを考えるときに、誤解されやすいことをお伝えするために作りました。

決めていただくためのものではありません。決めなくてもよい、ということをお伝えするためのものです。


1.「人生会議(ACP)」は、誓約書ではありません

最近、「人生会議」や「ACP」という言葉をよく聞かれると思います。

これは、これからどんなふうに過ごしたいかを、まわりの人と話しておくことです。それだけです。

ところが、実際にはこんなふうに説明されてしまうことがあります。

「延命治療は希望しません、という書類にサインしてください」

これは違います。 人生会議は、何かを断るための手続きではありません。

本当に大事なのは、断ることではなく、こういうことです

  • どこで過ごしたいか(家がいい、病院がいい、どちらでもいい)
  • 誰といたいか
  • 何が好きか。何を楽しみにしているか
  • どんなことは絶対にいやか
  • 何を心配しているか

これを話しておくと、いざというときに、まわりがあなたらしい選び方をしやすくなります。書類を作ることが目的ではありません。


2.気持ちは、変わってかまいません

一度話したこと、一度書いたことに、縛られる必要はまったくありません。

毎日変わってもかまいません。

昨日は「もういい」と思っていたのに、今日は「もう少し」と思う。これは気の迷いではなく、ごく自然なことです。体調がよければ気持ちも変わります。天気でも、誰が来たかでも変わります。

研究でも、終末期の方の「生きたい気持ち」は日によって、時には数時間で大きく変わることが分かっています。変わるのが普通です。

ですから、

  • 「前にこう言ったから」と我慢しないでください
  • 「今日は違うことを思っている」と言ってください
  • 「まだ決められません」も、立派なお返事です

決めないままにしておくことは、悪いことではありません。


3.「延命治療はしません」という言葉に、気をつけてください

この言葉は、範囲が広すぎます。

ご本人やご家族が「延命治療はけっこうです」とおっしゃるとき、思い浮かべているのはたいてい、人工呼吸器や心臓マッサージのことです。

ところがこの言葉が記録に残ると、まったく別のことまで止まってしまうことがあります。

実際に起きてしまうこと

  • 脱水になっても点滴をしてもらえない
  • 熱が出ても抗生物質を使ってもらえない
  • ふだんのお薬まで止められてしまう
  • 転んでけがをしても、傷を縫ってもらえない

これは本意ではないはずです。

ですから、具体的に言ってください

「延命治療はしません」ではなく、たとえばこう言っていただけると、間違いが起きません。

心臓が止まったときに、心臓マッサージはしないでください。 人工呼吸器もつけないでください。 でも、痛みは取ってください。点滴も、お薬も、続けてください。

何をしないかだけでなく、何をしてほしいかを必ずセットで伝える。これが一番大事なことです。


4.「DNAR」は、そんなに広い意味ではありません

「DNAR(ディーエヌエーアール)」という言葉を聞かれることがあるかもしれません。

これは、心臓と呼吸が止まったときに、心臓マッサージなどの蘇生をしないという取り決めです。

それだけです。 それ以外のことは、何も決めていません。

DNAR があっても、次のことは当然に行います

こんなときどうするか
転んで出血した止めて、洗って、縫います
骨折した痛みを取り、固定します
熱が出た原因を調べ、治療します
水分が足りない点滴をします
便秘で苦しい出します
痛い、息が苦しい取ります
いつものお薬続けます

もし「DNAR だから何もできません」と言われたら、それは説明のほうが間違っています。遠慮なく確認してください。


5.終末期の医療が目指していること

私たちが目指しているのは、ひとつだけです。

病気であることを忘れていられる時間を、少しでも長く持っていただくこと。

治すことが目的ではありません。人はいつか必ず亡くなります。だからこそ、それまでの時間の中身が仕事になります。

ここで、正直にお伝えしておきたいことがあります。

痛いことがゼロになるわけではありません。 採血も点滴も、針を刺せば痛い。誰でも痛いです。

大事なのは、その痛みのあとに何があるかです。刺したあとに体が楽になって、食欲が戻って、しばらく病気を忘れていられるなら、その痛みには意味があります。

逆に、あとに何も残らない処置は、小さなことでもしません。


6.「もう終末期ですから」と言われたら

これは、とても大事なところです。

「終末期」は、決めるものではなく、診断するものです。 つまり、根拠が要ります。

そして、終末期のように見えるだけのことが、実はよくあります。

  • 水分が足りていないだけ
  • 便秘が溜まっているだけ
  • どこかに感染があるだけ
  • お薬の飲む時間がずれているだけ(特にパーキンソン病のお薬)
  • お薬の副作用でぼんやりしているだけ

これらは治せます。治すと、話せるようになったり、食べられるようになったりします。元に戻る方もたくさんいらっしゃいます。

とくに、がん以外のご病気(パーキンソン病、心不全、肺の病気、認知症など)は、悪くなったり戻ったりを繰り返しながら進みます。悪くなった谷の底は毎回「もう最期」に見えますが、そうではないことが多いのです。

遠慮せずに聞いていただきたいこと

  • どうしてそう判断されたのですか
  • 脱水や便秘、感染など、治せるものは確認していただけましたか
  • 今のお薬は続けられますか
  • よくなる可能性は、どのくらいありますか
  • 今日でなくて、明日また考えてもいいですか

こう聞くことは、失礼ではありません。医療者にとっても必要な確認です。


7.「眠らせる」ことが、緩和の最終目標ではありません

「もう眠らせてあげましょう」という言い方を聞くことがあります。

眠らせること(鎮静)は、どうしても取れない苦しさがあるときの、最後の手段です。最初の手段ではありません。

苦しさを取る方法には、順番があります。

  1. まず、原因の病気を治すこと。 これが一番よく効きます
  2. 次に、症状そのものを取ること(痛み止め、息苦しさの薬など)
  3. どうしても取れないときに、はじめて眠っていただく

眠ってしまうと、苦しさと一緒に、会話も、食事も、ご家族との時間もなくなります。だから、その前にできることを全部やります。

もちろん、どうしても必要な場合はあります。そのときは必ずご相談します。


8.「早く楽になりたい」と思ったとき

そう思われることは、めずらしくありません。おっしゃっていただいて大丈夫です。

そして、私たちはその言葉を聞いても、手を引いたりしません。

その言葉が出てくるとき、原因が体のほうにあることがよくあります。

  • お薬の副作用で、じっとしていられない状態になっている
  • 眠りが浅い、便秘、痛み、吐き気
  • ぼんやりして、考えがまとまらない状態になっている

これらは治せることが多く、治すと気持ちのほうも変わることがあります。

もうひとつ、よくうかがうのが「迷惑をかけている」というお気持ちです。これはとても多いのですが、そう感じておられるとき、たいてい何か役割が失われています。

相談される、意見を聞かれる、何かを教える、決める——そういうことが一つでも残っていると、気持ちが変わることがあります。ご家族には、ぜひ相談し続けていただきたいと思います。


9.ご家族へ

ご家族から、こう言っていただくことがあります。

「家でできる最大限のことをしてくれて、看取ってくれれば、それでいい」

私たちは、この言葉をとても大切にしています。

この言葉は、「何もしなくていい」という意味ではありません。場所を家に決めた上で、できることは全部してほしいという意味です。そう受け取っています。

そして、この言葉には、私たちを楽にしてくれる働きがあります。治せなかったことを責めない、と言ってくださっているからです。

もうひとつ。決めるのはご家族と、ご本人です。私たちではありません。 私たちの仕事は、決められるだけの体調と、時間と、静かな環境を整えることです。

急がなくてかまいません。迷っていることを、迷っているまま話してください。


困ったときに使える言葉(切り取ってお使いください)

「終末期です」と言われたとき

「どうしてそう判断されたのか、教えていただけますか」 「治せる原因がないか、確認していただけますか」

「延命治療はどうしますか」と聞かれたとき

「心臓マッサージと人工呼吸器は希望しません。  でも、痛みは取ってください。点滴とお薬は続けてください」

「もう何もできません」と言われたとき

「痛みや苦しさを取ることは、していただけますか」 「家に帰ることはできますか」

気持ちが変わったとき

「前はこう言いましたが、今は違うことを思っています」

決められないとき

「今日は決められません。また改めて考えます」


最後に

医療にできることは、限られています。どんな名医にかかっても、人はいつか亡くなります。

ですから私たちの仕事は、治すことではなく、よい時間を少しでも長く持っていただくことです。

熱が出たら冷やす。食べられなければ食べやすいものを作る。昔から人が家族にしてきたことと、実は同じです。できることが少し増えただけです。

終末期であることは、手を引く理由にはなりません。何がよい時間なのかを、一緒に考え直す時期というだけです。

そして、その答えを出すのは、患者さんとご家族です。私たちは、そばにいます。


ご不明な点は、いつでも遠慮なくお尋ねください。何度うかがっても、その都度お答えします。