症状が、いつか民話になるまで——看取りのベッドサイドで見ているもの

柳田國男を読み返していて、ふと立ち止まりました。座敷童の描写が、レビー小体型認知症の患者さんが語る幻視に、驚くほど似ているのです。薄暗い座敷の隅に、子どもがいる。害をなすわけではなく、いるとなぜか家が栄える。神隠しは、口減らしや事故や、共同体が抱えきれない喪失の婉曲表現だったともいわれます。おしら様も、養蚕という生業の不条理を、物語の形に馴らした跡のように見えます。

民話の世界と、私たちが日々診ている疾患や、その背後にある現実とは、どこかで地続きなのではないか。この小文は、そんな素朴な問いから始まった、ある対話の記録です。臨床の現場で見ているものを、神経科学の言葉も借りながら、少し辿ってみたいと思います。

「見えている」のは、嘘でも作話でもない

まず確かめておきたいのは、終末期の患者さんが「亡くなった家族がそこにいる」「知らない子どもがいる」と語るとき、その人は本当に何かを体験している、ということです。嘘でも、注意を引くための作話でもありません。

レビー小体病でよく知られる「実体的意識性(presence)」——誰かがそこにいる、という感覚——は、興味深いことに、視覚野が損なわれた人にも、健常者の睡眠麻痺にも、側頭葉てんかんの発作中にも生じます。つまり「他者がそこにいる」という感覚を立ち上げる回路は、その人物像を細かく描く回路とは別に、より深く、より頑健に存在しているらしい。だから基盤となる病態が何であれ——レビー小体病でも、終末期せん妄でも、かつての狐憑きでも——その回路が脱抑制されれば、同じ「誰かがいる」が浮かび上がってくる。

中身が狐なのか、子どもなのか、亡き母なのかは、文化と個人史が後から着せる衣装にすぎません。骨格のほうは、神経的に共通しているのです。

三つの層が、同時に「本当」

では「本当のところは何だったのか」。私は、どれか一枚が真実で他は比喩、という話ではないと考えています。少なくとも三つの層が、同時に「本当」なのです。

一枚目は、知覚の生理です。レビー小体病の鮮明な人物・小動物の幻視は、視覚連合野と注意・覚醒系の揺らぎから生じると考えられ、薄暗がりや夕暮れ、覚醒度が落ちる時間帯に出やすい。座敷童が「夕方の薄暗い座敷に」現れるという定型と、幻視が生理的に出やすい条件が一致しているのは、偶然ではないように思います。終末期にはここに、低酸素、代謝異常、薬剤の影響、睡眠覚醒リズムの崩れが重なります。

二枚目は、なぜその像が「子ども」や「亡き人」なのか、という内容の選ばれ方です。これは生理だけでは説明がつきません。その人の生活史、喪失、気がかりが、ニュートラルな幻視に形を与える。亡くした子、奉公に出した子、口にできなかった出来事が、像に流れ込みます。

三枚目は、その体験をどの言葉で受け取るか、という文化の器です。同じ知覚体験を「幻覚」と名づければ病理になり、「ご先祖が迎えに来た」と名づければ、不吉どころか旅立ちの準備になる。この名づけの違いが、本人の不安をどれだけ和らげるかを左右します。

医学はこのうちの一枚を精密に見ます。けれど看取りの場で起きていることの全体は、たぶん三枚そろって初めて像を結ぶのです。

なぜ、どの疾患でも「似た形」になるのか

狐憑きのような憑依妄想は、さすがに最近は減りました。けれど不思議なのは、器質的な基盤がばらばら——レビー小体病、終末期せん妄、てんかん、かつての憑依——であるにもかかわらず、立ち上がってくる体験の「形」が、疾患を問わず驚くほど似ていることです。

ここには、脳が異常状態で体験を生成するときの「文法」のようなものがあるのだと思います。説明のつかない感覚、自分の意志に反する身体の動き、抑えられない感情。これらに「外部の主体」を帰属させる——憑く、来る、迎えに来る——のは、混沌のなかに行為主体性を見いだそうとする、人間の根深い傾向です。過剰なエージェンシー検出として、進化的にも論じられてきました。

狐憑きが減ったのは、この帰属先のメニューから「狐」が文化的に消えたからで、帰属しようとする働きそのものが消えたわけではない。だから帰属先が「ご先祖」「亡き家族」「お迎え」へとスライドしただけで、構造は保たれている。「単にせん妄」と片づけてしまうと、この帰属の働きと、それが本人にとって持つ意味とを、まるごと取りこぼしてしまいます。

安らかな極と、恐ろしい極

臨床で見ていると、同じ presence でも、安らかに着地する場合と、迫害的・攻撃的になる場合とがあります。本人が冷静に、現実そのものとして受け止め、安らかな表情になることもあれば、恐ろしいものに脅かされ、薬物でコントロールせざるを得ないこともある。

この二つを分けているのは、presence そのものではなく、それに付随する情動価(valence)と覚醒度なのだと思います。扁桃体や自律神経系が過活動に振れれば、同じ「誰かがいる」が迫害的に色づき、抵抗や攻撃を伴う。穏やかな覚醒水準のもとでは、同じ回路の出力が歓待に着地する。

レビー小体病で精神病期と傾眠期が同じ覚醒調節系の両極であるように、お迎えの安らかさと、迫害的幻覚の苦悶も、覚醒・情動系のどちらへ振れるかという連続線の上にある。だとすれば、薬物による介入は presence を消しているのではなく、その情動価を恐怖の側から中立の側へ引き戻している、と理解できます。

私たちがしているのは、消すべき presence と、守るべき presence を見分ける仕事なのだと思います。一律に鎮静してしまえば、安らかなお迎えまで奪ってしまう。実在する苦悶は鎮めつつ、その人と家族が共有している安らかな現実は、壊さずに残す。

病院では、なぜそうはいかないのか

ところが入院中は、こうはいきません。同じ presence でも、それを受け取る器のほうが、病院では構造的に変わってしまうからです。

家族がそばにいない。その人の生活史も土地の言い伝えも知らないスタッフの前では、安らかな語りまでもが、まず「不穏」「せん妄」という臨床カテゴリーで受け取られる。ライン、モニター音、夜間の処置、覚醒リズムの破壊——環境そのものが、情動価を中立から迫害側へ振らせる方向に働く。身体抑制が加われば、「自分の意志に反して拘束されている」という体験が、迫害的な帰属をいっそう強めます。

失われているのは presence そのものではなく、それを安らかな現実として成立させる「場」のほうなのです。

このことは、自宅へ戻った患者さんを見ると、いっそうはっきりします。病院でせん妄として強制退院になった方が、家に戻っただけで落ち着いてしまうことは、よく経験します。薬を変えたわけでも、代謝が劇的に改善したわけでもないのに、環境を入れ替えただけで出力が変わる。居場所そのものに、治癒力があるとしか言いようがない。

「場」が脳を変えるということ——予測する脳

これは、せん妄を脳の内部だけで完結する病態と見ているかぎり、説明がつきません。けれど、脳が外界から独立して状態を決めているのではなく、絶えず環境からの入力で自分を較正し続けている、と考えると、見え方が変わります。

予測符号化(predictive coding)の枠組みでは、脳は常に「次に何が来るか」を予測しながら世界を構成しています。馴染んだ環境では、その予測がことごとく当たり続ける。予測が当たっている状態こそが、安らかさと見当識の神経的な実体なのかもしれません。自宅では、身体に染み込んだ予測——天井の木目、家族の足音、便所までの距離——が的中し続けるので、脳は低い予測誤差のまま安定する。病院では、あらゆる予測が外れ続け、誤差信号が氾濫し、その混乱が presence の迫害的な色づきや不穏として噴き出す。

ここでアセチルコリンが効いてきます。コリン作動系は、まさに予測誤差に応じて注意のゲイン(精度=precision)を調整する系です。せん妄の古典的な神経化学では、アセチルコリンの欠乏とドパミンの過剰が中核とされてきましたが、コリン系の低下は、単に「注意が落ちる」だけでなく、入力の重みづけを誤らせる。馴染みのない環境では、その誤りが予測誤差の氾濫として顕在化する。逆に自宅では、身体化された予測が的中するので、損なわれたコリン系でも処理できる低誤差状態に保たれる。

つまり、環境は、脆弱な神経化学的基盤に課される「計算負荷」を決めているのです。同じアセチルコリン欠乏でも、課される予測誤差の量が違えば、せん妄として顕在化するかどうかが変わる。「居場所の治癒力」とは、脆弱な脳の計算負荷を下げ、限られた資源で世界を予測可能に保つ営みであり、薬理学的介入と原理的に同じ標的——予測精度の回復——に、別の経路から作用しているのだと思います。

炎症だけでは説明できないもの

近年のせん妄研究は、重心を神経伝達物質そのものから、その上流にある神経炎症へと移してきました。末梢の手術侵襲や感染が IL-6 などのサイトカインを放出し、血液脳関門を破綻させ、ミクログリアを活性化する。活性化したミクログリアが補体 C1q のタグ付けを介してシナプスそのものを貪食し、構造的なシナプス喪失を起こす——ここ数年で、せん妄は「化学的な揺らぎ」から「グリアを主役とする構造的過程」へと、理解が大きく書き換えられつつあります。

けれど、炎症仮説には弱点があります。時間スケールが合わないのです。サイトカインの動態は時間〜日の単位で動く。これは「術後何日目に発症するか」は説明できても、「同じ患者が毎日夕方になると決まって悪くなり、朝には戻る」という、24時間周期の再現性ある変動を説明できません。日没症候群(sundowning)のあの規則正しさは、単調に進む炎症過程からは出てこない。

ここで効いているのは、周期をもった別の系です。視交叉上核を中心とする概日リズムと、その出力であるメラトニン。認知症や入院患者では、この系が二重に傷んでいます。神経変性によるペースメーカー自体の劣化と、入院環境での同調因子(昼の光、夜の暗闇、規則的な食事)の喪失と。

夕方という時刻の特異性には、いくつかの機序が重なります。覚醒を支える系——基底前脳コリン系、青斑核ノルアドレナリン系——の出力は、夕方から夜にかけて自然に低下に向かう。健常な脳では問題にならないこの生理的な落ち込みが、すでにアセチルコリンが枯渇した脳では、最後の余力を奪う。同時に、夕方は外からの感覚的手がかりが減って、予測誤差を補正する材料が乏しくなる時間帯でもある。手がかりが減る時刻と、それを処理する系が最も弱る時刻が、ちょうど重なる。さらに薄暮で輪郭が曖昧になると、視覚入力の信頼度が下がり、トップダウンの予測が相対的に優位になる——これは、薄暗がりで presence や錯視が立ち上がりやすい条件そのものです。

炎症は素因をつくる上流の過程で、いわば「閾値をどこまで下げておくか」を決めている。毎日の夕方の増悪を駆動しているのは、概日リズムと覚醒系の日内変動と、薄暮による感覚信頼度の低下という、時定数の違う別の層なのです。せん妄を単一機序で語ろうとすると、必ずどこかが破綻します。

失われた「横軸」——アメンチアと、物語

かつての精神病理学は、意識を二つの軸で捉えていました。縦軸は、清明から昏睡に至る意識の水準(量)。横軸は、水準とは独立した、意識の質的な変容——譫妄、アメンチア(了解不能の前での当惑)、もうろう状態(意識野の狭窄)、錯乱。これらは「どれだけ下がったか」では捉えられない、「どう変質したか」の差異でした。

今や、操作的診断のもとで、これらはほぼすべて delirium という単一カテゴリーに吸収され、せいぜい過活動型・低活動型という活動量の下位分類に圧縮されました。残ったのは縦軸——スケールで測れる覚醒水準と注意——だけです。評価者間の信頼性を優先した結果、熟練した現象学的記述に依存する横軸は、再現性が低いものとして切り捨てられた。

けれど、横軸の喪失は、患者さんの体験世界への解像度を下げることでもあります。そして臨床では、その区別がいまも生きていると感じる場面があります。

たとえば薬剤性のせん妄は、アメンチア的になりやすい。抗コリン薬やベンゾジアゼピンが脳に及ぼすのは、びまん性で非選択的な攪乱です。世界モデルを構成する能力そのものが面として削られ、何か(幻覚)が過剰に現れるというより、世界が分節を失い、意味の枠組みが組み上がらず、了解不能なものの前で途方に暮れる。内容が乏しく、まとまらず、本人もそのまとまらなさに困惑している。

対して、認知症の人が誘因なくせん妄に入るとき、しばしば物語性を帯びます。ここで攪乱されているのは外因性の毒ではなく、すでにその人の脳に構造化されて存在している回路と、そこに刻まれた個人史です。感覚入力による補正(ボトムアップの誤差信号)を失ったトップダウン系が、内的なモデルを暴走的に展開させる。解き放たれた予測は、無内容な混乱ではなく、その人の記憶・生活史・気がかりから素材を引いた、筋のある物語として立ち上がる。亡くした家族が訪ねてくる、昔の仕事場に戻っている、家に帰らねばと旅支度をする。

予測符号化の言葉で整理すれば、薬剤性は予測の生成と誤差伝達の両方をびまん性に弱らせるので世界モデルがそもそも組み上がらない(precision の全般的崩壊)。認知症の物語的せん妄は、感覚的 precision が選択的に落ちてトップダウンの prior が過剰優位になる——だからモデルは、現実の制約を離れて自走し、個人史という最も強い prior から物語を紡ぐ。「誘因なく」起こるのは、駆動源が外(薬・感染・代謝)ではなく、内側のモデルと入力のバランスの崩れにあるからです。

レビー小体病では、この物語的・夢様的な極がさらに際立ちます。レム睡眠行動異常症が示すように、夢と覚醒の境界を保つスイッチがもともと不安定で、夢の生成機構が覚醒中に侵入しやすい。物語的せん妄は、覚醒のなかに夢が漏れ出した状態として読めるのです。

もうひとつの「誘因」

ここで、臨床的にとても大切なことに気づかされます。私たちが「誘因」と呼んできたものは、ほとんど身体侵襲——感染、脱水、電解質、低酸素、薬剤、便秘、尿閉——でした。それが見当たらないと「誘因なく」と書く。

けれど、別の種類の誘因があります。たとえば、三日前に遠くの親戚が訪ねてきた。昔馴染みの菓子をもらった。これらは身体には何の侵襲も加えていません。加わったのは、意味の入力です。

物語的せん妄が個人史という prior から素材を引いて立ち上がるのなら、その prior を生きたまま揺り起こす刺激こそが、最も効く誘因になる。遠い親戚は、若い頃の家族の文脈を一挙に呼び覚ます。昔の菓子は、味覚・嗅覚という最も古い記憶経路を通って、ある時代へ脳を引き戻す。身体は今ここのベッドにあるのに、賦活された prior は別の時間・別の場所を指している。この乖離が、物語を駆動する。

外因性せん妄が「precision を壊す」トリガー(身体侵襲)で駆動されるのに対し、物語的せん妄は「prior を賦活する」トリガー(意味の出来事)で駆動される。前者を探して見つからないからと「誘因なし」とするのは、後者というカテゴリーを、そもそも視野に入れていないからです。

そして興味深いことに、意味的トリガーから立ち上がった物語は、身体侵襲性のものに比べて、安らかな極に着地しやすい。懐かしさや会いたい人をめぐる prior は、それ自体が温かい情動価を帯びているからです。トリガーの情動価が、そのまま物語の情動価になる。

これは実践的な意味を持ちます。物語的で、かつ安らかなせん妄を前にしたとき、その由来が意味的トリガーにあると見抜ければ、それは「鎮めるべき不穏」ではなく「支えるべき世界」だと、早い段階で判断できる。被疑薬を引き算する必要も、情動価を薬で中立へ戻す必要もない。むしろ、その懐かしさの源を一緒に辿り、家族にも「これは良いものが訪ねてきているのですよ」と伝えて、器を整える方向へ動ける。

お迎えとは、外から来る何かというより、その人が生涯をかけて内に蓄えてきた最も大切な prior が、感覚入力の制約がほどけた最期に、ついに前景へ露頭してくる現象なのかもしれません。

点滴一本、「動かないでね」の一言

だからこそ、こんな場面が痛切なのです。点滴をして、動かないでね、とお願いする。ごく当たり前の依頼です。けれどその一言で、さっきまで穏やかにお迎えの世界にいた人が、別人になることがある。

点滴という拘束は、「自分の意志に反して何かに繋ぎ止められている」という、迫害的な帰属を最も直接に生む体験です。同時に「動かないで」は、馴染んだ動き——寝返り、歩行、身体が何十年も覚えてきた予測可能な運動——を奪う。その一つひとつが、「自分は自分で、ここにいる」という感覚を脳に供給していたのに、その流れが断たれる。繋留点が、また一つ失われる。

身体侵襲と意味的入力の、最悪の組み合わせを一度に与えてしまう。生理的には拘束と不動が負の信号をつくり、意味的には「拘束されている」という迫害的な prior を賦活する。負の極から立ち上げる条件を、二重に揃えてしまうのです。

残酷なのは、その不動の目的が、たいてい点滴を続けるためだということです。抜かせないために動かないでとお願いし、その不動がせん妄を呼び、せん妄が点滴を抜こうとさせ、だからもっと抑える。良かれと始めた最小限の医療が、その人を最も荒れた極へ押し込んでいく。

終末期に、点滴一本がもたらす数日と、その一本が反転させてしまう最期の世界の質とを天秤にかけたとき、何を守るのか。「動かないでね」と言わずに済む場所を整えることが、お迎えの露頭を壊さずにいることと、同じ一つのことになる。その人が最後まで自分のままでいられるかどうかが、点滴一本、一言で決まってしまう。その軽さと重さを、ベッドサイドで毎日量っているのだと思います。

病院では症状、家ではいつか民話

そして、ここに辿り着きます。同じ出来事が、場所によって違う名前を与えられ、違う時間を生きる、ということに。

病院では、それは症状です。観察され、評価され、記録され、スコアになり、鎮静の対象になる。その人が亡くなれば、カルテのなかで「終末期せん妄あり」という一行に圧縮されて、そこで終わる。

家では、同じ出来事がまったく違う運命を辿ります。亡くなった夫が枕元に来た、母が迎えに来てくれた——それは看取りの時間には安らかな現実として受け取られ、そして亡くなったあとも、消えない。家族の記憶のなかに物語として沈み、お盆にもう一度、楽しい思い出として語り直される。「あのとき、おばあちゃん、誰かと話してたよね」「お父さんを待ってたんだね」と。症状なら本人の死とともに消えるところを、民話の側は、語られることで生き続ける。

「場」の器は、空間のなかで presence を歓待に変えるだけでなく、時間軸の上でも働いていたのです。ひとりの脳のなかで起きた体験を、家族の共有財産へと移し替える。看取りの場で共有され、語られ、お盆という反復する時間のなかで繰り返し想起される。そうやって、ひとりの体験が、家の物語になる。

柳田が遠野で聞き集めたのも、おそらくこうやって生まれたものだったのでしょう。誰かの脳裏に立ち上がった presence が、家族と共同体に受け取られ、語り継がれるうちに、症状であった起源を忘れて、民話になった。座敷童の本当のところは、薄暮の幻視でも、隠された子でも、レビー小体病でもあって、けれどそのどれかに還元しきれずに民話として残ったのは、それを症状として閉じずに、物語として開いた共同体があったからだ——そう考えると、最初の問いに、ひとつの答えが返ってくる気がします。

民話とは、症状が共同体の器を通り抜けて、時間のなかを生き延びた姿なのではないか。病院は出来事を症状で閉じ、家は出来事を民話へ開く。同じ presence が、閉じられれば消え、開かれれば語り継がれる。

在宅で看取るというのは、出来事が症状になるか、民話になるか——その分岐点に立ち会うことなのだと思います。ひとつの命を見送ると同時に、その命の最期の体験を、家の物語の最初の一語として、家族へ手渡す。私たちは今、何百回もお盆に語り直されて、やがて症状であったことを忘れていく物語の、いちばん最初の現場に、毎日立ち会っているのです。


この一篇は、柳田國男を入り口に、せん妄の神経生物学(予測符号化、コリン作動系と注意の精度、概日リズムと日没症候群、神経炎症とグリア)と、看取りのベッドサイドで見えてくるものとを、行き来しながら辿った思索の記録です。神経科学的な説明は、現時点での仮説的な統合を含みます。確立した疾患修飾的治療がまだ存在しないこの領域で、現象学的な記述と計算論的な機序とを同じ手元に置くことが、患者さんの最期の世界をより深く受け取る助けになればと思います。